私はジャズ喫茶全盛の時代にオーディオを囓ったのにほとんどジャズ喫茶に行ってない。まあ、僅か数軒という所で有ろう。だからジャズ喫茶の音が何たるかを知らない。雑誌に書かれた記事を読んで音を想像するだけである。嘗て我が親友だったＫ氏が我が家の音を聴いてジャズ喫茶と勝負してもたぶんすかんぴんさんの8勝2敗くらいだよと言った事が有る。まあ外交辞令だとしても嬉しかったが、本人はそんなに甘くはないと思っていて恐らく1勝もすれば上等だくらいに思っていたのである。
と言うのも昔のジャズ喫茶はジャズを教える場でもあったし、オーディオに対しても皆それぞれ一家言を持っていたからで有る。'60年代、’70年代と言えばオーディオ隆盛の頃だし、皆熱い思いを持ってやっていたからである。まあ、それらの店に比べれば私の所なんざひよっこと言う程度であったろう。
ところが時代がＣＤ全盛になってくると店の機械も様変わりを見せ始め、今ではそれほど機械に金をかけないジャズ喫茶も出て来た。まあ、本来はジャズという音楽を聴かせるお店で有ってオーディオ店をやっている訳では無いから機材にお金をかける必要は無いと言えば無い事になる。
それでもジャズ喫茶というと音がいいと言う事が半ば定説みたいになっている。実の所そこがハッキリしないので、数年前に全国的にその名をとどろかす一関の「ベイシー」に行った事がある。それもひょんな事から2年続けて。
ジャズ喫茶と言うと必ず紹介されるくらいの有名店でそのオーディオの方も知らぬ者はいないくらいだ。言わばジャズ喫茶の横綱格である。それと我が家の音を比べようとは何とも大胆不敵と言おうか、身の程知らずと言おうか、とにかく死ぬ前に一度は聴いておかなければならないという思いで店に入った。
店に入ると耳をつんざくような大音量。あまりの大きさに昔我が市の市民会館でクリスタルキングのコンサートを聴いた時の音量を思い出した。あの時も何もこんな大音量で鳴らさなくても十分聞こえるのにと思ったものである。これは1回目に訪れた時も2回目に訪れた時も同様であった。ジャズ喫茶はみなこんなでかい音で聴いているのかとも思ったが、同じジャズ喫茶でもその時に訪れた仙台市のジャズ喫茶「カウント」では普通の音量であったから、ベイシーの音はとてつもなくでかかった。
あまりの大音量故、音が良いとか悪いとかを飛び越えているようなところが有った。正直毎日こんな音量で聴いていたら難聴になってしまうだろう。オーナーの菅原氏はひょっとしてもうなっているんじゃなかろうか。(笑)まあそれはともかく私的には決して良い音だなあとは感じなかった。ただあれだけの大音量でも音の形が崩れなかったのは流石である。第一あそこまで音量を上げられる事が凄いのである。歪みが多ければあれだけの音量では鼓膜が悲鳴を上げる。(笑）
そういう訳で横綱の音があの程度だったので些か安心したところもある。寧ろ私が「ああ、いい音だなあ」と感じたのは昔茨城のＳ氏のところで聴いたWesternの音である。もう体の芯までしみ込んでくるような音の通りの良さ。周波数特性がどうだとか歪みがどうだとか一切気にせず音楽に浸っていられる。あの時以来その音が私の目標になった。
まあ今ではオール・ウェスタンで聴くなんて事は余程の大金持ちでもない限り無理だが、ただ少しでもその音に近づければ幸いだと思っている。いい音の定義は人それぞれで難しいが菅原氏の場合、大音量もその要素に入っているのであろう。だが「ベイシー教」の信者は果たして皆が皆オーディオを分かってらっしゃるのか些か疑問なのだが。
「カウント」の音はハッキリ言って低域がもや付いて駄目だった。恐らくアンプが古く、そのせいだったのだろう。当時の我が家の音と比べても聴き劣りした。店主の人柄も良さそうだったし、コーヒーはベイシーよりも値段が安く美味かったので尚更音が惜しまれる。(笑）
そんな訳でジャズ喫茶の音はさぞかしと思っていただけに、何か拍子抜けした感じだった。これは私だけで無く随行した仲間もそう思ったそうな。恐らく雑誌や何かであまりに取り上げられるものだから神話化されたところもあるのだろう。じゃあ、お前はあそこまでの音を作り上げられるのかと言えばノーである。
第一聴く環境がまるで違う。片や土蔵造りの大空間で鳴らしているのであるし、音の目指す方向が丸っきり違う。やはりオーディオはオーディオの大道を踏み外さなければ人それぞれで良いのだと思う。ともあれジャズ喫茶が少なくなって寂しくなりました。
ジャズ喫茶「ベイシー」今は休業しているそうです。
