すかんぴんのブログ「今日もヒマだぁ~」

暇を持て余して、お山、お絵かき、蕎麦打ち、山菜採り、キノコ採り、音楽鑑賞、オーディオ、パソコンと、あれこれ手を出し、もがいているジジイのページです。

水族館の思い出(また長いです。えろうすいませんどすなあ)

 当市柏崎市にも嘗て水族館があった。それは海に近い八坂神社の境内にあった。実はこのブログを書くに当たって一体この水族館がいつからいつまで存続したのかネットで調べてみた。すると1954(昭和29年)年完工、建坪75坪、水槽13面、パノラマ、標本等(柏崎日報)とある。そして1956 年(昭和31年) 9月30日 柏崎水族館閉館、今年入館者58,000人(柏崎日報)との記事もあった。だから僅か2年間の開館であったと書かれている。これは明らかな間違いである。当時頻繁に入館していた私が言うのだからそれこそ間違いは無い。恐らく番神海岸に有った自然水族館と混同されているのでは無いかと思う。

 

 この通称八坂さんの水族館は私が小学生時代毎夏それこそ頻繁に通った水族館だった。水族館の入り口の前には確か台湾猿の檻が有ってそれを見るのも楽しみだった。水族館の入場料は確かその頃は40円位だったように思う。そのくらいなら当時一日の小遣いが10円程度だった私にも少し倹約すれば入れる入場料だったので一所懸命小遣いを貯めて入ったものだ。

 

 何故そんなに一夏に何回も入ったのかというと涼しかったからだ。当時エアコンの有る家なんぞ何処にも無い。涼を求めるなら扇風機か団扇ぐらいしか無い。所がこの水族館はまるで冷房が効かせてあるが如く涼しかったのだ。今から考えるとそれもその筈だ。コンクリート造りでしかも入り口に対しての左右壁面は水槽で窓は一つも無い。言わば水の中に入っているような感じなのだ。暑いはずが無い。

 

 

 入り口を入るとまず丸い水槽が有ってその中にはウツボみたいな魚や鮫、エイなどが泳いでいた。エイは水底にピッタリと落ち着いているので余り面白くは無かったので必然的に壁面の水槽を見て回る事になる。その中でも私のお気に入りは蛸で有った。吸盤を水槽のガラスにぺたりと押し付けたりする様が何とも言えず面白く飽かずに見ていた。

 

 無論熱帯魚などの綺麗な魚なども有ったけれどどう言う訳か余り印象に残っていない。館内には水生生物の標本なんかも展示してあったがやはり実際に動いているお魚さんの方が数倍楽しかった。全部見物しても時間にしてわずか1時間もかからないのだが、暑い外に出るのが嫌でかなり館内で粘った物だ。(笑)

 

 確かある時期から始めたと思うがアシカを導入してアシカショーを始めたのは良かった。これは子供達にかなり人気が有った。同様にいつからだったが知らないがペンギンもいつの間にかいた。確かアシカとペンギンが入ってから入場料が上がったような気がする。(笑)

 

 芸を一つする度に飼育員さんがアシカに魚を与える。それを見て子供心に餌代がかかるだろうなあと思った物で有る。(笑) とにかく夏の水族館は柏崎市にとってもそれを見に行く子供達にとっても大切な施設だったのである。だが問題は冬の時期で有る。冬の時期は確かお客さんが来ないから閉館していたように思う。

 

 夏の時期だけ採算が合ってもしょうがないので、やがて水族館は閉館となることになった。うーん、一体いつ閉館したのか全く記憶に無いが、八坂神社の境内でしょっちゅう遊びまくっていた私にとってはひどく寂しい事となった。

 

 余談だがこの水族館の裏手には市営のプールもあった。25mほどのプールであったが、確か片方の方が深く、もう片方はそれほどでも無い水球用のプールみたいな感じだった。はて使用料は幾らだったかな。只だったかどうか。使用するには事前に市役所に届けなければならなかったのか、それさえ今となっては判然としない。

 

 恐らく浄化装置なんて無いプールだったと思う。だから直ぐに汚くなるから定期的に水を入れ替えなければならなかったり、掃除をしなければならなかったように思う。こんな汚いプールでもよく病気にならないで泳いでいた物だと今更ながら感心する。オッホン、当時の子供は逞しかったのだよ。

 

 水族館が閉館した後も暫くはこのプールはあったが、もっと設備の良い新しい市営プールが出来るに及んでこのプールは幼児が落ちたりしては危険だと言う事で埋め立てられた。同様に台湾猿の檻もいつしか無くなっていた。もうこの場所に水族館やプールがあった事などを知るものは我々の年代以上の者になった。

 

 水族館が無くなった後暫くは柏崎を訪れる人からしばしば「水族館は何処ですか」と訊かれる事が度々あった。「もう無くなってしまったんですよ」と答える私も相手の方も酷くがっかりしたものだった。それからずっと水族館建設の話が出ては立ち消えになり、そうこうしているうちに寺泊町に先に水族館を建設されてしまった。

 

 「海の柏崎」と宣伝しながら水族館が無いばかりでどの位観光客を失った事だろう。今思うのは柏崎に必要なのは原発なんかじゃ無くて水族館だったのではないかとしみじみ思う。

 

存続して欲しかったよね、水族館。