すかんぴんのブログ「今日もヒマだぁ~」

暇を持て余して、お山、お絵かき、蕎麦打ち、山菜採り、キノコ採り、音楽鑑賞、オーディオ、パソコンと、あれこれ手を出し、もがいているジジイのページです。

落語を聞く

. 雨が降って大分涼しくなったので早めに散歩が出来るので時間的余裕が出来るようになった。雨模様なので部屋も暗いがこんな日は落ち着いてレコード鑑賞が出来る。だが何時もの如く音楽ばかりでは能が無い。そこで久し振りに落語のレコードを取り出して来た。

 

 取り出して来たのは六代目三遊亭圓生の全集物でなんとまだ私が20代の頃に買った物で有る。言わば50年近く前の物で有るが、他人に貸したりしているくせにどう言う訳かまだ全部聞いていなかった。そこで本日はその聞いていない物を聞くことにした。

 

 この圓生師のレコードは高座で話した物を記録したライヴ盤ではなく、お客様のいないスタジオで録音した物で有る。従って拍手や笑い声は入ってないので臨場感には欠けるが、クリアーな録音でしかも時間的制約がないので師が話を端折ることなく目一杯語っている。自分がやりたい芸、残したい芸を記録するという信念みたいな物が見えてきて、これはこれで感動出来る。

 

 さて本日聞くのは「ちきり伊勢屋」LP2枚分で有る。恐らく通常の高座ならこんなに長くは話せまい。2枚通して聞いたら2時間20分ほどかかった。高座では恐らく掛けられる話ではなかろう。或いは掛けたとしても前半の筋をかいつまんで話し、後半も簡単にやる程度で有ろう。それがじっくり話を聞くことが出来るのだから落語ファンには堪らない。

 

 そして聞いているうちに師の話芸に引き込まれる。流石昭和を代表する名人だ。下手な芸なら一度聞けば二度も聞く気にはならないが、師の芸は何度でも聞ける。私が圓生師の全集物を買ったのがお分かりになるだろう。テレビやラジオの短い時間で聞くような話ではない、本格的にじっくりと聞きたい話も聞けるからだ。幸い何時もならば誰か必ず訪問客や電話が有ったりして邪魔が入るのだが、本日は雨のお陰か、それも無くしっかり聞けたのは有り難かった。

 

 今日は人の声と言う事も有ってスピーカーはタンノイのオートグラフを使った。まさにそこで圓生師が語っているかのようで有る。この落語全集を買った時、きっと歳を取ってからでも聞くことが有るだろうと思っていたが、図らずもその通りになりました。名盤というのはジャズに限らず、何時の時代になっても楽しめる物ですね。

 

「ちきり伊勢屋」は易者に死を予告され、改心して善行を施すが、自らは散財を尽くし

無一文になる。だが予言された当日になっても死ぬことなく生き続けるが、無一文故、浪々の身となり、親に勘当された幼なじみの所へ転がり込む。やがて二人して駕篭かきになるが上手く行くはずも無い。しかしふとしたことが縁で嘗て死ぬ所を助けた母娘に逆に助けられハッピーエンドになると言うお話だ。