中学校3年の時から高校を卒業するまで私は将棋に熱中していた。きっかけは幼なじみの近所に住んでいたＫ君から教わったのが始まりだった。一応将棋のルール程度は知っていたのだが、後はさっぱりでオヤジ殿が市のアマチュア強豪の一人であっても全然関係ないという有様だった。
オヤジ殿は無理に自分の趣味を息子に押しつけるようなことはしなかったから、私もそれまでに覚えなかった訳だ。とは言え、家に将棋盤と駒があるから、はさみ将棋程度はしょっちゅうやっていた。だから盤、駒に馴染みはあるのだが本格的な将棋というのは果たして覚えられるのかという若干の不安があった。
Ｋ君にしてみたら自分も覚えたてなので相手が欲しかったのだろう。私に教えたり、相手になったり、今にして思えば大変だったと思う。Ｋ君は将棋の戦法の本を買って私よりいつも一歩先んじているから、私は容易に勝てなかった。そこで私もただ指しているだけでは駄目だと思い、オヤジ殿が毎月購読していた将棋の本を読み始め、Ｋ君に対抗した。
それでも中々勝てない日々が続いたが、漸く勝てるようになると将棋の面白さも分かってくる。教育テレビで将棋の対局を見たり、オヤジ殿に駒落ち将棋を指して貰ったりとすっかり将棋に熱中した。そしてやがて将棋の大会にも出るようになり、トップクラスの級ではないにしろ、賞に入るようになり、益々のめり込んだ。
するとＫ君は今度は囲碁をやらないかと私を誘った。どうも私の趣味はみなＫ君が発端だったと思う。（笑）エー、囲碁も将棋の時と同じ経過をたどって、やはり負けが続く。で、やはりそれでは悔しいから、私も囲碁の布石の本やら、手筋の本やら買って勉強する。囲碁の場合はＫ君だけで無く、Ｏ君だとか、Ｍ君だとかも知っていたので、彼らを相手に腕を磨いた。とは言え私の本業は将棋。将棋程は強くならなかった。またそれほど身を入れていた訳では無い。
そうこうするうちにオヤジ殿が碁を自分にも教えろと言って来た。オヤジ殿がまさか碁をやる気になるとは思わなかったのだが、将棋以外のゲームもやってみたかったのだろう。私が使っていた初心者用の囲碁の本をオヤジ殿に貸し与えて勉強して貰った。
ウチの商売のお客さんで囲碁の強いＨさんと言う方がおられたので、親子共々Ｈさんにたまに石を置いて打って貰い（要するにハンディを付けて貰った訳ですな）勉強した。将棋はオヤジ殿が圧倒的に私より強かったが、碁は私が先に始めた手前、私の方が強かった。
こうして毎晩将棋と碁で一局ずつやるのが日課となって行った。そのうちに立派な盤で指したり打ったりしたくなり、思い切って将棋盤、碁盤を買いたいなあと言う話になった。そこへ偶々新聞のチラシに展示即売会の案内があったので行ってみることにした。まさかうちらみたいな下手糞が本榧盤と言う訳には行かぬ。第一本榧の六寸盤など目の玉が飛び出る程高い。またそんな物は下手糞には必要ない。（笑）
結局そこそこ見栄えのする物と言うことで新榧盤（ピアノの響板などに使われるスプルース材）を買うことにした。将棋は碁盤よりサイズが小さいので厚さは五寸にした。碁盤は奢って六寸盤である。値段は桂盤と同じだったが、桂は少し盤が赤く沈んだ色になるので、明るい新榧の方を選んだのだ。だが今にして思えばやはり桂の方が良かったかも知れぬ。と言うのも碁盤の格としては俗に「榧」「桂」「銀杏」の順番で言われていて、新榧は少し材質が柔らかすぎて、駒や石を打ち付けると跡が付くからであった。
とは言え盤面は征で明るかったから、使っている時はまるプロになったみたいに気分が良かった。こうして仕事をするようになってから買った盤だったが、オヤジ殿と毎晩楽しく盤に向かい合うものだから、お袋殿は些か焼き餅を焼いていた。（笑）
しかしオヤジ殿が仕事を引退し、私が一人で商売をやるようになってからは忙しく、将棋や碁をやる暇は無くなった。そしていつしか私は一人で出来る趣味の方に走って行った。それがパソコンで有り、音楽（オーディオ）である。そっちにのめり込むのと反比例するように将棋も碁もどんどん腕が落ちて行き、今では考える根気が無くなり、すっかりそちらから遠ざかってしまった。
折角買った盤だが納戸の隅にしまわれて寂しく泣いているようだ。私が町内会長をやった折、当時の副会長のＯさんが将棋や碁の仲間を集めて交流したことが有ったが、その時だけちょっと日の目を見たことが有った。その時は心なしか盤が微笑んでいたような気がする。いつかまた彼らを使ってやる時が来るのだろうか。
