すかんぴんのブログ「今日もヒマだぁ~」

暇を持て余して、お山、お絵かき、蕎麦打ち、山菜採り、キノコ採り、音楽鑑賞、オーディオ、パソコンと、あれこれ手を出し、もがいているジジイのページです。

あっためなおし

 この所寝床に入り眠る前に本を読むのが習慣になってしまったが、昔は数ページも読まないうちに白河夜船となってしまったが、どうも最近は逆にどんどん目が冴えてきて睡眠薬代わりにはなりそうもない。(笑)

 

 新しい小説を読む事もあるが、時折懐かしくなって、昔読んだ物を読む事も少なくない。昨晩読んだ小説は松本清張の短編で「遭難」と言うのだが、鹿島槍ヶ岳が舞台となっている。山の小説だからどうしても山をやっていた者としては興味をそそられる。

 

 尤もこれはもう何十年も前に読んだ物だが、その頃は山なんぞやっていなかったから、それほどその後は読む気が起きなかった。ところが山をやりだしたものだから、その後一度読んだら俄然面白く感じた。なにせ知っている地名が出て来るのだから、いやでも自分が通ったコースを思い浮かべる。

 

 その小説の時代背景は恐らく昭和40年代頃だったかも知れぬ。まだ汽車で目的地近くの駅まで移動していたぐらいだから。今のように家から車で登山口まで行けるというような状況では無かった。しかし、それがある意味それがこの小説の大事なキーポイントになっているのも面白い。

 

 物語は主人公がある友人を遭難させて死に至らしめるというものだが、その過程が興味深く、今回で読むのは3回目になってしまった。結構私は同じ小説を飽きもせず読み返す事が良く有る。筋が分かっているのに何故だろう?

 

 大体小説は音楽や映画などと違って一度読んだ物をそれほど何回も読んだりしないだろう。何故かなと考えたら、音楽や映画はこちらが受け身で何もしなくとも済むからだ。即ち機械が勝手に次々と情報を届けてくれる。これに対して本は目で活字を追い、読まなければならない。これが結構億劫になる事もある訳で、本は音楽を聴く事などと違って、それほど何度も同じ物を読まないのはその為であろう。

 

 これがその小説を朗読したCDとかテープで聴くのならまた話は別物かも知れない。いや、本は自分で読むからこそ楽しいのだ。行きつ戻りつ、確かめながら読む。掛け流しの音楽とは違う。

 

 まだ読んでない小説が山ほどあるのにまた同じ話を読むのは時間が勿体ないと言えば勿体ない。況してや私は老い先短いジジイなのだから。でも温め直した風呂に入るようで肌にキツく来ない。筋が分かっているから安心して読める気楽さがある。以前読んで気付かなかった所も発見出来る。

 

 と言う訳で小説の温め直し悪くありませんなあ。さて今宵はどれをあっためなおそうかな。

 

昔は本を読むと直ぐにバタン、キューだったんだけどねえ。(笑)