すかんぴんのブログ「今日もヒマだぁ~」

暇を持て余して、お山、お絵かき、蕎麦打ち、山菜採り、キノコ採り、音楽鑑賞、オーディオ、パソコンと、あれこれ手を出し、もがいているジジイのページです。

カラヴァッジョの考えさせられる絵(長いよ~ん)

 私が好きな画家はゴッホなどの印象派の画家も嫌いではないが、それ以上に好きなのがベラスケスやカラヴァッジョと言ったバロックの画家である。とくにカラヴァッジョは破天荒な人生を送った人だけに尚更好きである。所が私は若い頃この画家の名前を全然知らなかった。知ったのはNHKが当時放送した「ルーブル美術館」でである。

 

 この時紹介された下に挙げてある「聖マタイの召命」を見て吃驚した。ルーベンスレンブラント以前にこんな絵を描く画家がいたのかと。そして「聖母の死」や「女辻占い師」などの絵を見て、益々興味を抱くようになり、ネットで色々調べたりしたもので有る。恐らく当時は私だけでなく、美術に関係してない一般の人達は彼の名は知らなかったと思う。

 

 今回は彼についてではなく、彼の描いた下の2枚の絵についてである。「ルーブル美術館」で紹介されたこの絵はキリストがマタイに自分について来るよう徴税所に現れて、徴税吏のマタイを指名した所で有る。 窓から差す光が劇的な効果を上げて、バロック時代の幕開けを告げる歴史的名画だが、所で皆さんはこの絵で誰がマタイかお分かりになるだろうか?

 

「聖マタイの召命」

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 私のあやふやな記憶に依れば、確か当時の「ルーブル美術館」の放送では真ん中の髭を生やし、自分を指さしているのがマタイと説明していたように思う。確かに「この私ですか!」と言って驚いて自分を指さしているように見える。だが1980年代頃からテーブルの端に座って金勘定をしている若者がその人ではないかという説が有力になった。イタリアでは未だに髭の男がマタイだと言う説が一般的だが、なる程よく見ると、髭の男は自分を指さしているのではなく、若者を指さしているようにも見える。聖書にもマタイは徴税吏をやっていたと書かれているから、恐らく間違いはないだろう。窓から差す一条の光も彼の頭上に降り注いでいるように見える。

 

 それにしても何でカラヴァッジョはこんなややこしい絵を描いたのか? 案外臍曲がりだったのかもね。(笑)んで、それを証明するようにもう1枚ややこしい絵がまた有るのだ。それが下の「聖マタイの殉教」だ。この絵はエチオピアで王の命令により、マタイが刺客に暗殺されるシーンを描いた物だが、刺客は果たして誰か? と言うもので有る。

 

「聖マタイの殉教」

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 真ん中の剣を持った褌姿の若者だろうって? はい、確かにそれでもいいんですが、近年は実は彼は刺客ではなく、寧ろ犯人から剣を奪ってマタイを助け起こそうとしているのだと言う説が有る。確かに怒ったような顔をしている点が刺客にしては妙だし、マタイが既に倒れ込んでいるのもおかしい。真の刺客に斬りつけられ、倒れ込んだ所を刺客から剣を奪い取り、自分を洗礼してくれようとしたマタイを助け起こそうとしているとも解釈出来る。では真犯人は誰か? 若者の後で後を振り返りながら、逃げだそうとしている髭の男だという。因みにこれはカラヴァッジョの自画像でも有る。

 

 するとこれから惨劇が起こると思っていた場面が、惨劇が起きた後を捉えている場面になるから、ガラッと意味合いが異なってくる。無論まだこの説はまだ一般的にはなっていないが、甚だ面白い説ではある。え、お前はどちらの説かって? そりゃあアタシも臍曲がりだから、当然後者です、ええ。(笑)

 

 まあ斯様にカラヴァッジョという方は娼婦をモデルにして描いたり、余りに人間くさい絵を描いたりと、なかなかやってくれるお方なのです。その生き様が面白いので、近年は映画化されたりしてるようですね。と言う訳で今日はネタがないので、埋め草に取り上げてみました。お退屈様。