すかんぴんのブログ「今日もヒマだぁ~」

暇を持て余して、お山、お絵かき、蕎麦打ち、山菜採り、キノコ採り、音楽鑑賞、オーディオ、パソコンと、あれこれ手を出し、もがいているジジイのページです。

友人の死

 夕刻Y川さんとマーさんから電話を貰い、Iさんの訃報を知った。享年66歳。余りにも早すぎる死だった。まえにY川さんから彼女は乳がんに罹って片方の乳房を切除したという話を聞いた。しかしその時はもう退院して仕事に就いているとも聞いていたので、それ程心配していなかったのだ。それがどうもまた4,5日前に入院したらしいが、もはや末期癌だったのであろう。治療の甲斐も無く旅立って行った。

 

 彼女とは「ジャズライヴを聴く会」を立ち上げて以来の付き合いだから、もう38年くらいの交流だったろう。あの頃はまだ当地柏崎でジャズライヴが行われることは希だったから、主催する我々も熱くなって一所懸命尽力した物だ。しかし、兎にも角にも代表を勤めたIさん自身が頑張らなかったら、とてもライヴは地元に定着しなかっただろう。ミュージシャンとの交渉、会議のレジメ作り、ライヴの広告やチケット作りまでを引き受け、まさに八面六臂の活躍だった。

 

 そして中越沖地震のあと店の改築も兼ねて、長年の夢だったライヴハウスをお店の二階に作り、ジャズライヴを聴く会の発足以来あちこちの会場を流れ歩いたのに終止符を打ち、常設のライヴ会場としたのだ。全く彼女のバイタリティー、行動力には舌を巻いた物だ。多少独善的な所もあったが、それ故にこそ彼女の行動力が発揮されたのかも知れない。

 

 薬局を父親から引き継ぎ、市内のあちこちに支店を出し、薬剤師という自らの仕事も一所懸命だった。様々なアイデアを出し、沈滞していた商店街に活力を与えたのも彼女だ。また色んなイベントの仕掛け人としても遺憾なくその力を発揮した。

 

 中でも2月頃に行われる「音市場」と言う、今や定例化した音楽のイベントは彼女が確か発起人だったのではないか。市にとっては惜しい人材を無くした物で有る。まだまだこの寂れて行く柏崎にカンフル剤を打ってくれる存在だったのに。今はただご冥福を祈るのみです。合掌。